甦った幻の絹「小石丸」養蚕奮戦記 2/6
小石丸蚕種の入手
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まゆづくりの‘まぶし’ |
小石丸の蚕種は研究機関でないと分譲を受けられないことを知り、昭和60年に照葉樹林文化研究所を設立した。そして幸運にも、私の住む綾町に近い宮崎市にあった農水省蚕種試験場(平成元年3月廃止)の紹介で、茨城県つくば市の農水省蚕糸昆虫農業技術研究所に協力を要請したところ、直ちに山梨県の分室に連絡がつき、平成元年3月に待望の小石丸種3蛾分を同分室より分譲を受けることができた。
さて、蚕種は入手したものの、実際に養蚕できるまでには、幾つかの関門をくぐらなければならなかった。我が国には養蚕の安定を図る法律として「生繭売買法」なるものが、戦前から厳然と生きている。繭の飼育、販売等を厳しく規制しているこの法律の内容を一つずつクリヤーしなければならない。生きた繭を移動するにも国家免許がいるが、幸いにしてこの生繭売買の免許は取得していた。
前年の昭和63年秋に宮崎県知事へ宮崎県総合農業試験場蚕業部(県農試)において、小石丸種の試験育成と増殖を要請すると共に、平成元年春には「小石丸蚕種を利用した地域特産物の開発」事業案を県に提出して、小石丸の飼育準備が整えられた県農試において、3月に小石丸蚕種を入手すると4月20目に3蛾を掃立(艀化させる)。5月末には1蛾から400粒、総数1,200粒の蚕種を得た。
さらにこの年の秋には1,200の蛾から240,000粒の蚕種を生ませる素晴らしい成果を得た。しかし、これはまだ第一歩にすぎなかった。ここで得た蚕種を本格的に養蚕するためには、県下の養蚕農家の手を借りなければならない。
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