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| ▲沖縄時代の工房(大正11) |
綾の手紬染織工房のルーツは沖縄にあります。
秋山眞和の父、秋山常磐が染色業を興したのは、大正年間のことでした。 しかし、戦争により、郷里の福岡県田主丸に疎開し、その間に無人の沖縄の工場は戦火に遭い、すべてを失ってしまいました。
宮崎での再出発は、昭和26年のことでした。同じく沖縄から疎開して、宮崎に住み続けた約600人の人々は仕事を持てない状況にありました。その人たちの授産施設を作るため、秋山常磐が招かれたのです。沖縄での経験を買われたからです。
宮崎で、沖縄の技法による織物が始まりました。 |
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| ▲沖縄時代の職人達(大正11) |
息子の眞和は、宮崎独自の織物を目指し、綾町に移りました。恵まれた自然環境と、「綾」という糸偏の美しい名前を持つ町の名に惹かれて、新たな工房を構えました。
綾町は織物の産地ではありませんので、すべてを自分の力で成さなければならない苦労もありますが、逆に何の拘束もなく独自の仕事ができる自由さがあります。この新天地で、秋山眞和=綾の手紬染織工房は、大きな仕事を次々と成し遂げてきたのです。
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