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清き流れの綾川に産する鮎は名も高く、歌に親しまれ、綾太郎という称号まで背負って恥じない。 この立派な川魚を育ててきた綾南川、綾北川の両河川に我が身を置きつつ来し方を想う。随分お世話になり沢山の魚類と収穫を授かったものだ。
初めの一歩、記憶に残る釣事は、7〜8歳の頃父親と同行し、なぜか大きな石にまたがり二本継ぎの竹竿を出しての鮎釣りだった。山で働いていた父親は、仕事が閉期の時には、鰻カゴで鰻を捕って漁師に変身、家計の足しにしていたようだ。
昔の人の生物を獲るという事は、人間が生きる為の食料または売り物であって、真剣に関わっていた。小生も親の物まねではないが、川への入り初めの時、塩または焼酎などに言葉を足して、一年のお世話と漁を、目には見えない水神様に手を合わせて拝む。
ちなみに、小生が関わってきた魚などを、綾の呼び名を交えて紹介してみよう。 ハヤ、フナ、コイ、ババジク、ドンコ、キンカンジク、ナマズ、ドジョウ、カマッカ、ウナギ、アユ、マダラ(ヤマメ)、アユカケ(カジカ)、イダ、ナガタロジク(ボウズハゼ)、ダクマエビ、ヤマタロガニ、ライギョ、それにカメとスッポン、最後にメダカ、芝エビなど今では姿を見るのも困難な種類もいる。
川の流れも随分と変わってきた。蛇行とか、ゆらりゆらり、早瀬があり淀みがあったのが、現在の河川は水が直進的に流れる所が多く、護岸もコンクリート、セメントで固め、川底も下がり石も流出して魚の住家がない。
人間本位の成り立ちでは自然の形態は保てない。 四十数年育んでくれた川を今も毎日眺めながら、楽しみながら、もうちょっと生き生きとした川を見たい、私だけの欲望だろうか。
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