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久しぶりに妻と休日が同じになり、山蕗採りに出掛けた。山に入るのは年に一、二度、それも山蕗が太る時期だけ。山蕗の佃煮が大の好物で、最近では味付け方法など妻の手ほどきを受けながら作る楽しみも、食べる時以上のものがある。
山裾の道を分け入って、一寸進んだところで山畑の草取りをされている初老の女性に出逢い、山菜採りに来たことを告げた。すると何のためらいもなく、 「そこに生えちょっとを採んない(そこに生えているのをお採りなさい)。」 見ず知らずの人に発する言葉とは思えない出来事。 お互い自己紹介などしてびっくり。近所の奥さんのお母さんで、ご主人を早くに亡くして、一人暮らしをされているとの事だった。
ナラの木立、梅畑、牧草地、様々な目的の畑が入り交じり、傾斜地の眺め静かな中で、鳥のさえずり、うぐいす、ほおじろ、よしきり、きじの鳴き声も遠く聞こえてくる。自然の音楽会を聞きながら、そこそこ採った所で、別の場所にわらびの生える所があるので一人で足を運んでみた。途中猪よけの電柵などもあり、山中の畑作の大変さを実感する。程なく目的地に着いて目を凝らすと、挙を揚げた形のわらびが沢山生えていて、予定外の収穫だった。 元の畑に戻り帰りの支度を始めると、先ほどの女性が、どうしても家に寄ってお茶を飲んで欲しいとやさしい心遣いで、遠慮なくご馳走になった。採り立ての竹の子の煮物なども小皿に盛られて、四方山噺に時を過ごした。 庭先からの眺めは、二〜三十年以上の杉の木立が整然と立ち、みな町有林との事だった。
昔は桜がきれいで、猪も今の様に余り里に出没しなかったそうだ。人の手に依る自然の変化、老い行く人の力では対応し難いこと。
帰り掛け、花の小鉢を頂き、山の自然を満喫した一日だった。
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